近畿地方のある場所について｜実録風ホラー映画レビュー

『近畿地方のある場所について』は、“記録”のかたちをした物語が人の願いと恐怖を増幅していく、きわめて冷徹なホラーでした。
フェイクドキュメンタリーの手触りで観客を現実へ引き寄せつつ、終盤では供犠（いけにえ）と救済の物語へと踏み込みます。
見たい欲望と見ない権利のせめぎ合いが、観終わってからも静かに痛みます。

取材パートの相棒関係が、いつの間にか“導く者”と“捧げられる者”へ反転していく過程が見事でした。
瀬野千紘は喪失を抱えた母であり、同時に強靭な信仰者でもある。
彼女のまなざしに宿る理性と狂気の同居が、本作の肝だと感じます。

“絶対に死ぬ動画”がもたらす怪異に対して、お祓いは効かず、生き物を飼い続ける＝身代わりという回避策だけが残る設定。
ただし小沢は意図して儀式化したのではなく、資料室に気晴らしで置いた金魚が結果的に“身代わり”の位置へ滑り込みます。
近畿行きの直前には取り憑かれたような発作に見舞われ、瀬野の介入で正気を取り戻すものの、金魚は死んでしまう——
“救済には代償が要る”という主題が、具体例を伴って胸に刺さりました。

近畿に集中する怪異、失踪ライターのUSB、宗教団体が崇める謎の石、そして『まさるさま』の山の祠。
断片だったモチーフが“石”という核へ収束する展開は、とても論理的で背筋が冷えました。
“名前を伏せた関西”という匿名性が、かえって普遍的な恐怖を生むのも巧いところです。

来場特典の資料は、物語の“石”を単なる小道具にしないための文化的な地ならしをしてくれます。
私たちは「石＝固い・重い」を直感しますが、資料はさらに“動じず在り続ける不滅性”という象徴性に触れ、
古来より磐座（いわくら）のように「神が降り立つ場」として岩そのものを祀る文化が各地にあること、
仏や神を岩に刻む／石そのものを御神体とする信仰が広く存在することを示します。
加えて、オカルト誌的な連想としてモノリス（2001年宇宙の旅）、スフィンクスやモアイ像への“異界”の投影、
日本各地に残る虚船・空穂船伝承、そして隕石由来説など——
「突如あらわれ、在るだけで世界観を揺らす石」という枠組みを与えてくれます。
この前提に照らすと、劇中の“石”やラストに現れる白い存在は、宇宙的（コズミック）な次元を帯び、
瀬野が抱く赤子に覗く触手的な異形もまた、地球外性の示唆として読める——
すると本作はホラーにSF的縁（ふち）を縫い合わせた、奇妙で魅力的なテクスチャを得るのです。 :contentReference[oaicite:0]{index=0}

祠の破壊で響くあの“声”、そして湖の中央に立つ大木の前での儀式。
白い生物の無数の“目”が小沢に伸び、彼が石へと取り込まれていくカットは、視覚的にも音響的にも忘れ難い瞬間でした。
直後に聞こえる赤ん坊の泣き声は、救済の喜びと取り返しのつかなさを同時に鳴らします。

ラストの“小沢の情報提供を求める動画”は、善意を装いながら真相を覆い隠す仮面として機能します。
布にくるまれた赤ん坊を抱く笑顔の腕からのぞく触手は、記録が真実の暴露ではなく物語の再配列であることの証。
ここに、本作の冷たい知性を感じました。

2回目以降は、“目”のモチーフ、無音への切り替え、赤ん坊の音の配置、ペットや小動物の扱いをチェックしてみてください。
断片が意味を変え、点が線になり、やがて円環になります。
恐怖を消費せず、恐怖がどのように作られ流通し信じられるのかまで観る——その奥行きが、この作品の真価です。